宮城県の沿岸部、気仙沼市。
市街地の中の、小高い丘の上にある復興祈念公園に、震災の記憶を、後世に伝えていくために設置された、『彫刻』群があります。
1 伝承彫刻
気仙沼市復興祈念公園にある、一連の彫刻には、「伝承彫刻」という名前が付けられています。
公園自体は、「復興祈念公園設置委員会」による検討を経て、東日本大震災から10年となる、2021年(令和3年)3月11日に開園しています。
しかし、この「伝承彫刻」は、まだ設置が続けられています。
開園当初は、3体でしたが、少しずつ増えていて、2026年(令和8年)3月には、6体目(悲憤を越えゆく者)が加わりました。
公園の設置検討委員会の中から生まれた、『伝承のオブジェワーキング』(座長は「リアス・アーク美術館」館長の山内 宏泰氏)によって、取り組みが続けられています。
彫刻の制作にあたっているのは、彫刻家であり、ワーキングのメンバーでもある、皆川 嘉博氏。(秋田公立美術大学の教授でもあります。)
像は、ほぼ一定の規格で、統一的に作られています。
全て陶製(陶彫刻)。
縦横40センチメートル、高さ100センチメートルの台座の上に、だいたい40センチメートルくらいの高さの像を設置する、というスタイルです。
台座には、作品名と共に、QRコードが設置されていて、そのQRコードから、エピソードを読むことができるようになっています。
■伝承彫刻№1「ごめんね」
■伝承彫刻№2「よかったね」
公園に着いて、スロープの園路を、上へ上えと登って行くと、はじめに見えてくる彫刻が、№1「ごめんね」です。
片手で、顔を隠す、少女の胸像です。
この少女は、目の前で、母親が津波にのまれてしまい、助けられなかったことに、苦しんでいます。そんなエピソードがサイトに綴られています。
№2は「よかったね」。
二人の女性が、再会できて喜ぶ姿です。
こんな文章が添えられています。
『よがったごど
あんだ生ぎでだのすか
ほんっとに よがっだごどぉ
ぜぇんぶ流されだがら
だめだど思ったでばぁ』
■伝承彫刻№4「三月」
■伝承彫刻№5「悲憤を越えゆく者」
公園の中心部には、犠牲者銘板が設置されています。
その中央に、設置されているのが、№4「三月」という作品。
母親が、女の子を優しく抱きしめている姿です。
しかし、これは、津波で失われる前の、日常。
こんなストーリーが添えられています。
『あの日
いつものように家を出たあなた
「おかえり」が言えないまま
また冷たい朝がやってくる
3月は嫌い
ただあなたを抱きしめたい』
№5は「悲憤を越えゆく者」。
震災により発生した火災の中、人命救助にあたった、二人の消防団員の像です。

■伝承彫刻№0「海へ」
公園の一番高いエリアにある、白いモニュメント(祈りの帆ーセイルー)の直ぐ横に、開園当初から設置されている、女性の像があります。
タイトルは、№0「海へ」。
添えられているのは、こんなストーリーです。
『ここが好き
行きかう船とまちの彩り
心地よい風に
心が洗われる
今日はあの人の命日
あれから全く別の人生だけど
前より笑えるようになったよ』
2 伝承彫刻№3「水をくみに」
現在、6体設置されている伝承彫刻のうち、もう一つの彫刻は№4「水をくみに」。
三人の男の子が、ペットボトルで水を汲みにいく姿を表現した像です。
実は、この彫刻を、ゆっくり眺めたくて、公園へ、足を運びました。
№4「水をくみに」は、モニュメント(祈りの帆ーセイルー)の、直ぐ下の段に設置されています。
■伝承彫刻№4「水をくみに」
■上「祈りの帆」。左奥№0「海へ」
震災後の、不便な避難所生活の中、一人の男の子が小さい子に声をかけて(おじいさんやおばあさんの助けになればと)距離のある、裏山の沢まで、水を汲みに行ってきた、という場面が表現されています。
一番大きな男の子が、半歩先、を歩いています。
一番小さな子は、ペットボトルの水が重くて、おぼつかない足取り。
像に近付いて眺めれば、三人の表情の違いも、よく分かります。
振り返って二人を気遣う、一番上の男の子。
「平気だよ」と、やせ我慢のように前方へ、顔を向ける真ん中の子。
一番小さな子は、不安だし、疲れたし、ちょっと情けない表情。
近づいたり、離れたり、後ろに回ったりと、自分のペースで、好きなだけ眺めることができるのが、屋外彫刻の良いところです。
■気持ちが伝わってくる子供達の表情
■三人の向こうに設置された№5
№3「水をくみに」の、正面方向に、2026年(令和8年)3月、№5「悲嘆を越えゆく者」が、新たに設置されました。
№5「悲嘆を越えゆく者」の、消防団員のうち、一人は、海に向かって佇み、涙を流しています。
№1「ごめんね」の彫刻も、後ろに回って眺めれば、海と、そして復興していくまちの方向へ、向いていることがわかります。
どういう意図で、その彫刻を、その場所に、その向きに設置したのか、色々と考えを巡らすことができるのも、屋外彫刻を鑑賞する楽しみの一つです。
■海に向かって涙を流す消防団員
■少女と眺める海と生きるまち
近年、具象彫刻は、あまり流行らなくなりました。
今は、抽象的な彫刻という枠すら越えて、場所や空間全体を様々な手法で作品にする、いわゆるインスタレーションと呼ばれる現代美術などが人気です。
刺激的で、面白そうではありますが、それらの作品が、いったい何を伝えたいのだろうと考え始めると、ちょっと落ち着かない気分にもなってきます。
気仙沼復興祈念公園の『伝承彫刻』と、そこに添えられたストーリーは、多くの人の感情に、直接訴えてくると思います。
それは、あまりにも大きな悲劇を、多くの人が、共有することになってしまったから、なのかもしれません。
いずれにせよ、周りの景色や、その土地のストーリーととも、そこに長くあり続けることが、屋外彫刻の、一つの意味であることは、間違いないと思います。

■土地の物語と共にある屋外彫刻
