♦19 宮城県図書館(宮城県仙台市)

♦となりの建築

宮城県の県都、仙台市。
市内、内陸北部の泉区に、銀色に輝く、宮城県図書館があります。

1 近未来的な横長建築

宮城県図書館は、宮城県が建設した図書館です。
この場合、他の県なら、県「立」図書館、という名称になりそうなところ。

実は、宮城県では、県立高校の名前にも「立」が付いていません。
例えば「宮城県 仙台第一高等学校」となっています。

図書館にしろ、県立高校にしろ、「立」が入らないのは、宮城県のほか、ほんの数県だけです。

なぜだろうと、時々、話題になるようです。
(筆者もまず、宮城県図書館は、もしかしたら、民間の施設なのだろうか、と考えました。)

こんな経緯のようです。

まず、明治時代、政府は、省令で、自治体に対し、施設の設置・運営者を名称に表示するように、求めました。

この時点では、宮城県も含め、全国的に、施設の名称に「~立」の文字が入っていました。

その後、大正時代に入り、文部省はこの省令の廃止を決めます。
それ以後、「~立」という名称にするかどうかは、自治体の判断に委ねられることになりました。

つまり、明治時代の名称のまま、としてもよかったわけですが(多くの自治体ではそのままにしたようですが)宮城県のように、一部の自治体では、「立」の文字を取るという、再度の改正作業が行われたのです。

(「立」を削った自治体、残した自治体、それぞれどのような想いがあったのか(もしかして無かったのか)今となっては、よく分からないようです。)

宮城県図書館は、1881年(明治14)年に「宮城書籍館」(みやぎしょじゃくかん)という名称でスタートしました。

1907年(明治40年)の文部省の省令を受けて、宮城県も「宮城書籍館」を「宮城県立図書館」に名称変更しました。

その後、1919年(大正8年)に、文部省がこの省令を廃止。

これを受け、宮城県では、県立図書館(及び県立学校)の名称から「立」の文字を削る、という告示を出しました。

これにより、現在の「宮城県図書館」という名称になったのです。

■施設北面。東側正面入り口側から臨む

■同じく施設北面。西端から望む

現在の建物は、1998年(平成10年)に完成しました。
「原広司+アトリエ・ファイ建築研究所」の設計。

原広司(はら ひろし)は1936年(昭和11年)生まれの建築家です。
2025年(令和7年)に、88歳で亡くなっています。

世界初の、連結超高層ビルと言われている、梅田スカイビルを設計した人です。
京都駅ビルや、札幌ドームなども手がけました。

宮城県図書館も、原の建築に特有の、近未来的なシルバーの建物です。

駐車場側(北側壁面)は、一面のガラス張り。
東西に一直線の横長の建物です。

南側は、丸みを帯びていて、深い森に面しています。

■施設東端の正面入り口。公道側から臨む

■一直線の建物の西端。裏の出入り口より臨む

■南に下る谷の地形の東西に橋をかけたような設計

■施設入り口銘板

建物の内部は、まるで宇宙船のようになっています。
二階の中央には、東西一直線に、銀色に輝く通路が続いています。

森に面している、二階の南側には、長い円筒形の空間が二つあって、手前の方は、児童書などを中心とした、ちびっ子用の部屋(子ども図書室)になっています。
(もう一つの円筒形の部屋は、多目的ホール。)

■二階東端から、西側を臨む

■中央から東を振返る。円筒の中は「子ども図書室」

最上階の三階へ上がると、200mほど、一直線に続く書架スペースとなっています。
南の窓側には閲覧・学習用の机が並んでいます。

三階の天井を見上げると、宇宙船を思わせる、なだらかにうねった特徴的なデザインになっています。

■三階書架スペース。印象的な天井

■三階エスカレーターから一階エントランスを臨む

2 第8代館長「大槻文彦」

宮城県図書館は、1881年(明治14年)に、宮城師範学校の中に開設された宮城書籍館(みやぎしょじゃくかん)を前身としています。

伊達家ゆかりの書籍である「伊達文庫」や、仙台市の旧家から寄贈を受けた「小西文庫」、江戸後期の商人、青柳文蔵(あおやぎぶんぞう)が開設した「青柳文庫」などを引き継いでいます。

第8代の館長(当時は宮城書籍館)だった大槻文彦(おおつき ふみひこ)の蔵書、いわゆる「大槻文庫」も所蔵しています。

大槻文彦は、日本初の近代的国語辞典『言海』を、たった一人で編纂した人です。

宮城師範学校(現:宮城教育大学)の校長や、宮城県尋常中学校(現:宮城県仙台第一高等学校)の校長も務めました。

■一階中央の出入り口(右:カフェ)

■カフェから「地形広場」と森が見渡せる

宮城県図書館の西側の二階には、現在「宮城県公文書館」という施設が入っています。

図書館の一階、公文書館の方へ続く空間は、野外劇場のような「広場」になっています。
この空間には、『地形広場 ことばのうみ』という名前がついています。

もともと谷だった地形を、上手く活用しようという考え方で、図書館の設計が進められました。
谷の形状に沿った広場なので、「地形広場」という名前なのです。

「ことばのうみ」というフレーズの方は、大槻文彦の国語辞典「言海」にちなんだものです。

宮城県図書館が定期的に発行している、「図書館だより」のタイトルも「ことばのうみ」です。

■地形広場を抜け公文書館へ続く通路

■西側、二階「宮城県公文書館」入り口

地形広場から、公文書館へと続く通路の壁には、「壁面アート」と呼ばれる、文字によりデザインされた、アート作品が設置されています。

「言海」は、通常「げんかい」と音読みされますが、文彦自身、「ことばのうみ」という表現も使っています。

「言海」の最後に、その仕事の苦労を綴った「あとがき」が添えられているのですが、この文章のタイトルも、『ことばのうみのおくがき』となっています。

本が好きで図書館を訪れるような人達にとっては特に、『ことばのうみ』というのは、記憶に残る、印象的なフレーズだろうと思います。

■公文書館側から臨む『地形広場 ことばのうみ』

■地形広場の『壁面アート』の一部