秋田県の北部、青森県境に接する大館市。
渋谷駅前にあるハチ公像のモデルになった、あの「ハチ」の生まれたまちです。
大館市内には、様々なハチ公像があります。
1 大館市生まれのハチ公
渋谷駅前で、待ち合わせの目印となっている「忠犬ハチ公」像。
モデルのハチは、秋田犬(あきたいぬ)です。
1924年(大正13年)に、東京帝国大学農学部教授の上野英三郎博士が、教え子のつてで、大館市で生まれた、数か月になる子犬を、もらって育てることになりました。犬好きの博士は、純系の日本犬を探していました。
やがて博士は、通勤する際に、渋谷駅まで、ハチを伴うようになりました。
博士が帰る時間を見計らって、ハチは渋谷駅まで出迎えにいくようにもなりました。
しかし、ある日、博士は、大学で脳溢血で倒れ、急逝してしまいます。
それでもハチは、その後も、毎日渋谷駅へ向かいました。
約10年、暑い日も、雨の日も、改札口の前に座って博士を待ち続けたそうです。
その話しが新聞で紹介され、映画になり、銅像にもなりました。
現在、大館市を訪れると、様々なハチの銅像を見つけることができます。
戦前、大館駅前に設置された銅像は、渋谷の銅像と同様に、戦時下の金属回収令により、撤収されてしまいました。
渋谷の方は、戦後(1948(昭和23)年)再建されましたが、大館の方は、長年、再建されることなく、その台座だけが、保管されてきました。
2004年(平成16年)、実に60年ぶりに当時の台座を活用して、建立されたのが、秋田犬会館前広場にある「望郷のハチ公像」です。
「望郷のハチ公像」は、晩年のハチをモチーフにしています。
人にほえたりすることのない、優しいハチだったようですが、一度だけ、犬に噛みつかれたことがありました。それ以来、左耳が垂れてしまいました。
「望郷のハチ公像」は、この片耳が垂れた、晩年の姿です。
また、渋谷でお馴染みのポーズとは異なり、「望郷のハチ公像」は、立ち上がった姿です。渋谷駅前の雑踏の中で、ふと、ふるさとを思って立ち上がったところ、という設定で制作されたようです。
犬とはいえ、何とも言えない、深みのある表情をしています。
大館市に設置されている今は、博士との思い出のある、東京の方向を向いています。
■秋田犬会館前のハチ公像
■桂城公園へ続く陸橋前に設置
■左耳が垂れた晩年の姿
■「望郷のハチ公像」建立の経緯
2 彫刻家 松田芳雄
「望郷のハチ公像」を制作したのは、大館市出身の彫刻家、松田芳雄(1935年(昭和10年)生まれ)。
「東洋のロダン」とも呼ばれた彫刻家、朝倉文夫の指導などを経て、日展で入選をはたしました。大館市にある、数々のハチ公像も、てがけてきた彫刻家です。
桂城公園の中にある、「のびゆく大館」という銅像も、松田芳雄の作品です。
■「のびゆく大館」
■桂城公園に設置
現在、猫ブームというような状況が続いています。
これは、きまぐれで俊敏な猫の動作や仕草が、SNSなどの短い動画に、相性が良く面白い、ということも、一つの要因だと思います。
その点、従順で我慢強い犬は、変化に乏しく、短い動画には、若干不向きだったりもします。
大正から昭和という時代に、亡くなった主人を、駅前で、来る日も来る日も待ち続けたハチ。
その物語は、新聞などを通じて、じわじわ人々に広がりました。
現在の猫ブームの状況と比較すると、真逆の感じもして興味深いところです。
銅像という表現方法も、忠犬ハチ公の世界観に、ぴったりだったのかもしれません。
今も静かに、ゆっくりと、その魅力を伝えてくれています。
■東京の空を向くハチ公
■足元の松田芳雄のサイン

■精神性を感じるその表情
