秋田県の中央部、東の端。岩手県との県境に接する仙北市。
そこには、日本一深い湖として知られている、田沢湖があります。
辰子姫伝説とともに、神秘の湖として、観光地となっています。
かつては、湖岸に住む多くの人々が漁業で生計を立てていた湖でした。
しかし、戦時下の国策により、魚の住めない湖になってしまいました。
かつて、漁業とともにあった住民の暮らしを今に伝える、田沢湖クニマス未来館をご紹介します。
1 玉川河水統制計画
秋田県を代表する湖、田沢湖。
直径、約6km。周囲約20キロメートルの、丸い形の湖。
最大深度は423.4mで、日本で一番深い湖です。
田沢湖と、秋田駒ヶ岳の間を、玉川が流れています。
玉川の上流には、湯治場としても有名な、玉川温泉があります。
一か所からの湧出量としては日本一だといわれている源泉から、絶えること無く、強酸性の熱湯が湧出しています。その流れは玉川へと注いでいます。
温泉としては、豊かな効能を有する強酸性の水質ですが、稲作には適しません。
戦時下の1939年(昭和14年)に策定された「玉川河水統制計画」。
玉川の水を田沢湖へ引き込む水路を造り、田沢湖で希釈したうえで、再び玉川へと戻すというものでした。同時に、水の流れの高低差を使って、発電事業を行い、電力供給力の強化を図るという国策。
軍需産業を支えるためにも電力が必要だったのです。
1940年(昭和15年)から、強酸性水の流入がはじまりました。
まもなく、田沢湖で独自に進化した、貴重な固有種であったクニマスを始め、多くの生物は死滅してしまいました。
はじめから魚の絶滅を心配する声はありましたが、住民が国策に反対できる時代ではありませんでした。約70人いた漁師はわずかな補償金と引き換えに漁業の職を失い、漁業文化も途絶えてしまったのです。
■湖岸に沿って建設された未来館
■かつての漁業文化を伝える展示物
2 生きていたクニマス
1940年(昭和39年)以前、田沢湖に生息していたとされるのは、クニマス、ヒメマス、ウグイ、イワナ、コイなどです。
強酸性水の導入の後、酸性に強い、ウグイだけが生き残りました。
田沢湖の固有種、クニマス(国鱒)も、姿を消しました。
クニマスは、味も良かったことから、特産品となり、高級魚として取引されていました。
綺麗で透明な深い湖底に生息しているという神秘性も、辰子姫伝説とも相まって、価値を高めることにつながったようです。
強酸性水が導入される前に、田沢湖から本栖湖・西湖・琵琶湖などへクニマスの卵が移植されたという記録だけは残されていました。
懸賞金をかけた全国キャンペーンなど、クニマスを探す、関係者の努力が続けられてきましたが、なかなか発見には至りませんでした。
2010年(平成22年)、ついに、山梨県の西湖で捕れた黒いマスが、クニマスであることが確認されました。過去に提供された卵から育った子孫が、現在も生きていたのです。
2017年(平成29年)、西湖を所管する山梨県から借り受けたクニマスを展示し、漁業の歴史を後世に伝える施設として、湖畔に開館したのが「田沢湖クニマス未来館」なのです。
■贈答品にもなったクニマス
■西湖で生きていたクニマス
3 田沢湖のいま
1972年(昭和47年)から、秋田県は野積みの石灰石に酸性水を散水し、中和させる簡易石灰石中和法による対策を行いました。
しかし、十分な対策とは言い難く、地元から国に抜本的な対策を求める強い声があがりました。
この要望を受け、当時ダムを建設中だった旧建設省(現国土交通省)が、粒状石灰石により中和処理を行う「玉川酸性水中和処理施設」を建設しました。1991年(平成3年)から運転を開始し、現在に至っています。
これにより、1970年(昭和45年)当時、pH4.2だった田沢湖の水質は、1998年(平成10年)に、pH5.7まで改善しましたが、クニマスなどの淡水魚が生息できる水準(pH7前後)とは、ほど遠い状況のままとなっています。
折角、西湖で発見されたクニマスですが、田沢湖へ戻してやることはできないのです。
一度、完全に破壊してしまった環境や文化。
元に戻すことがいかに難しいか、考えさせられるところです。
このクニマス再発見の物語は、その後、中学校の教科書にも取り上げられています。
田沢湖は、子どもの教育旅行の目的地としても、相応しい場所なのだと思います。
また、近年急増しているインバウンドの旅行者にとっても、景色が美しいだけでなく、興味深く、歴史や文化、そして環境問題を学べる場所となっていると思います。
田沢湖の湖畔には、観光客の目的地となる、金色の「たつこ像」があります。
成金趣味で、金色なのではありません。
強い酸性水から銅像を守るために、金箔で覆われているのです。
環境問題から、辰子姫伝説まで。
水質改善は、遙か先のようですが、観光資源としては、すぐにでも出来るアプローチが、まだまだありそうだなと、感じたところです。

■大きく育ち悠然と泳ぐクニマス

■美しく輝く田沢湖。しかしクニマスはまだ住めません・・・