2025年(令和7年)2月、群馬県庁が新年度に向けた組織改正について発表しました。
「新たな富の創出に向けた未来への投資」と「県民の生命と健康、暮らしを守る」ための組織にしていくとの二本の柱で整理しています。
「新たな富の創出」の方の具体的な組織名称として、「エンターテインメント・コンテン課」の新設、「クリエイティブ人材育成室」の新設、リトリート推進体制の強化、と並びます。
「県民の暮らしを守る」の方が、「盛土(もりど)安全推進室の新設」や「新病院建設室の新設」といった、一般的に見かける、かたい組織名称となっていることに比べると、どうにもカタカナの名称が目を引きます。
或いは「盛土安全推進室」という名称の方も、少し不思議に思う方もいるかもしれません。
しかし、こちらは2021年(令和3年)に静岡県熱海市で発生した大規模な土石流災害を契機とした、いわゆる「盛土規制法」(宅地造成及び特定盛土等規制法)に関する取組を進める組織。
全国的に、同様の対応が進められているものになります。
通常、地方自治体の組織名称は、このような法律や歴史的な経緯などを背景として、決まり切った漢字の表記となることが普通。
「エンタメ」「クリエイティブ」「リトリート」と立て続けに並ぶ、群馬県庁のカタカナの組織名称は、はたしてどのような背景なのか。気になって調べました。
1 「エンターテインメント・コンテンツ課」の新設
2025年4月から知事戦略部の中に「エンターテインメント・コンテンツ課」を新設する群馬県。
県のマスコットキャラクターの「ぐんまちゃん」のブランド力を強化したり、映画のロケ地活用などの取組を進めるための組織のようです。
県では、映像制作やCG、プログラミング技術などを活用する「デジタル・クリエイティブ産業」の集積も目指しています。
このような流れから、「クリエイティブ人材育成室」という組織の新設も行います。
こういった踏み込んだ取組や、その方向性をはっきり示す、大胆な組織名称は、トップの強い意向がないと実現しません。
近年、観光業界で注目されている「リトリート」に関する取組もそんな流れにあります。
山本知事は、群馬県をリトリートの聖地にしたい、と意気込んでいます。新年度から、観光魅力創出課の名称を、観光リトリート推進課に変更し、さらに体制を強化するとしています。
「リトリート」は、仕事や日常生活から一時的に離れて、疲れた心・体を癒す旅のスタイルのこと。
東京に近いため、日帰り観光が多くなり、どうしても、観光消費額が少なくなってしまうという課題を抱えてきた群馬県。温泉や自然、農畜産物の魅力を生かして、長期滞在型の観光を推進したいと考えています。
ただし、満を持して2023年の夏に販売を開始した、県内の温泉地を拠点として組み上げた「3泊4日」のリトリート旅の滞在型プランは、スタート後、数か月間、なかなか申し込みが入らず大変に苦労したようです。その後、宿泊期間を短くしたパターンなどで利用者拡大を図っているようですが、色々と考えさせられるところです。
■群馬県 草津温泉
2 自分をとりもどす「リトリート」旅
「Retreat(リトリート)」は、本来は退却や、後退という意味の単語。そこから「静養先」「隠れ家」「避難所」さらには、世間から離れて「黙想」すること、といった意味がひろがっています。
日々の仕事に追われ、自分を見失いがちな人達に、日常を離れ、自然の中で温泉につかり心と体を癒やしませんか、という「リトリート旅」の提案は大変魅力的にうつると思います。
ただし、観光商品として、連泊型のプランを組むということになると、どうしても、初日は、カヌー体験をします、その後どこそこに移動して○○体験をします、二日目の午前中は、何時間かけて移動して○○高原を散策します、といったスケジュールを組み上げることになってきます。
本来、それが旅行商品なのだから、しかたがないのかもしれません。
行政側としても、旅行関係業者の「富の創出」に向けた取組として、各地の観光地を巡ってお金が落ちるように組み立てていくのが当然だ、という考え方も分かります。
しかし、これだと個人が、ゆっくり自分を見つめ、自分に戻るという「リトリート」のコンセプトからは、大分離れたものになってしまうのではないか。
考えてみれば、長期間の休みを皆で確保して、仲間や家族と旅行にでかけ、観光プログラムをたどって楽しく遊ぼうと計画できるようなゆとりのある人達にとって、そもそも「リトリート」という旅の概念が、はたして必要なのだろうか、という疑問もわいてきます。
「リトリート」のコンセプトに反応し、興味を持つのは、切実に癒やしを必要としている「個人」なのではないでしょうか。
「リトリート」が、自分をとりもどす内省的な旅だとして、本当にそれを求めている、個人の一人旅として成り立つ工夫も、本来、もっと必要なのではないか。
つまり、一人旅の大義名分のあるプログラムもあってほしいところ、なのです。
それには、昔ながらの「湯治」が一つのヒントになるのではないか、と思いついたところ。
「ヒーリング」、心の治療として、決められたサイクルで毎日、温泉につかり、体を心を癒やす。
例えば一週間位。
会社から、あなたは療養が必要なので、特別休暇として、当社が提携している○○施設へ行ってきなさい、行ってきて良いです、と命じられた、というような建て付けだと、嬉しい人も多いのではないか。
治療なのだから、一人でいて、何らおかしくありません。
地元のおばあさんなどに話しかけられたとして、こんなふうに答えます。
「会社から、心の療養休暇として、一週間の湯治を命じられたんですよ・・・」
食事も、基本的に自炊が良いと思います。やることがあった方が良いので。
或いは、湯治の期間中、何か地元の伝統工芸に取り組んでもらうというようなことも良いかもしれません。最終日までに何か簡単な作品を一つしあげてもらう、というプログラム。
絵画とか、俳句、あるいは周りの自然を被写体にして携帯で写真を撮るのも良いかもしれません。
良い作品なら、宿泊費を割り引く。或いは、一定期間宿泊施設に展示してあげる、といった特典を用意する。作品作りに没頭できるようだと、益々日常から離れやすいのではないかと思います。
そんな、昔ながらの「湯治」をコンセプトとしつつ、発展型の「リトリート」があっても良いのではないか、と利用者目線から想像したところです。