新潟県の県都、新潟市。
新潟市北区の、東部に位置する、広大な潟(かた)を見渡す、展望施設を紹介します。
1 福島潟を見渡す展望施設
福島潟(ふくしまがた)は、新潟市と新発田市にまたがる、約200haの、大きな潟湖(せきこ=ラグーン)です。
国の天然記念物となっているオオヒシクイ(日本最大のガンであるヒシクイの亜種)をはじめ、毎年、多くの渡り鳥が飛来することから、国の指定鳥獣保護区に指定されています。
また、オニバス(水面の葉の直径が2mに達する日本最大の水草)など、多くの水生・湿性植物が確認されている、貴重な自然が残る場所となっています。
この福島潟を、ぐるりと見渡せる展望施設として、1997年(平成9年)に開館したのが、水の駅「ビュー福島潟」です。
■公道側から見えてくる「ビュー福島潟」
■左手前が施設エントランス
「ビュー福島潟」の設計は、青木 淳(あおき じゅん、1956年(昭和31年)生れ)氏。
青木氏は、1982年(昭和57年)に、東京大学工学部建築学科修士課程を修了した後、磯崎新アトリエを経て、1991年に事務所を設立し、独立しました。
商業施設や、個人住宅のほか、青森県立美術館や、杉並区大宮前体育館など、多くの公共施設をてがけています。
ビュー福島潟(潟博物館)は、1999年(平成11年)に、日本建築学会作品賞を受賞しました。
■エントランスの反対側へ回り込み臨む施設外観
■壁面ガラスの内側はスロープが螺旋状に続く構造
■景色に溶け込む福島潟の野鳥たち
■野鳥の位置から振り返る「ビュー福島潟」
2 福島潟と越後平野
水の駅「ビュー福島潟」は、自然と文化を包摂するような、自然保護のコンセプトのもとで運営されています。このため、学校向けの環境学習のほか、来館者向けのガイドも、積極的に行われています。
建物は地上7階、地下1階。中央部の各階のスペースの外周を、スロープが斜めに螺旋状に続いていて、時計回りに、最上階まで歩いて上れる構造になっています。
ガラス張りのスロープからは、豊かな福島潟の景観がゆっくり楽しめます。
また、最上階まで続くスロープには、随所に、展示物が配置されています。
展示物は、自然環境を説明するものだけではなく、漁業などの文化や、江戸時代から続く干拓の歴史なども学べるものとなっています。
そもそも、長い時間をかけて、どうやってこのような「潟」の景観が形成されてきたのか。
その過程を、地質学的に、解説する展示もあります。
沖積平野という地形的な特性から、形成されてきた多くの「潟」は、同時に、格好の干拓の対象ともなりました。そうして、江戸時代から、長い時間をかけて、農地として形を変えてきました。
単に、古い自然がそのまま残っている、という価値とはまた違う、人々の暮らしに根付いた貴重な時間の流れを学べる、展示の構成となっています。
ガラスの向こうの景観と、地域の歴史を伝える展示物とを交互に見比べながら、ゆっくりとスロープを上るという感覚は、とても心地良いものでした。
螺旋状のスロープで、そのような学習効果を演出する、「ビュー福島潟」の構造は、よく出来ていると思いました。
■施設1階エントランス
■2階から1階ホールを臨む
■4階映像展示室(ライブカメラを操作できます)
■カメラを自分で操作して食事中のサギにズーム
■カメラを一周させ自分がいる施設を臨む
■展示を眺めながら緩やかにスロープを上る
■木彫りのオオヒシクイ(剥製はありません)
■越後平野の成り立ちを学習できる展示なども
■スロープ終点の最上階
■最上階は多目的に使えるホールになっています
越後平野は、南北に約60km、東西に約10kmから25kmと、とても大きな沖積平野です。
この土地の形成過程で、この地域には、福島潟以外にも、大変多くの「潟(かた)」が形成されました。
古くから、越後平野の湖沼は、規模や個別の名称にかかわらず、総称して「潟(かた)」と呼ばれてきたそうです。
これまで、あまり深く考えずに、「新潟県」という名称を使ってきましたが、この土地にとって、「潟」という自然景観が、地域特有の風土や、文化、歴史にどれだけ深く影響を与えてきたか。
「ビュー福島潟」は、来訪者に、そんなことを(野鳥や植物の眺めに癒やされながら)ゆっくりと考える機会を提供する、そんな建築物になっています。
■屋上展望台から臨む五頭連峰
■整備された水路。その先は日本海

■江戸時代の風景を偲ばせる雨に煙る福島潟
