♣10 朝倉響子『希』(岩手県釜石市)

♣となりの彫刻

岩手県の沿岸部、釜石市。
東日本大震災の後に建設された、市民ホールの敷地の中に、朝倉響子の彫刻があります。
「希(のぞみ)」と名付けられた作品です。

1 彫刻家 朝倉響子

彫刻家 朝倉響子は、1925年(大正14年)に、東京で生まれました。
「東洋のロダン」と呼ばれた、朝倉文夫の次女です。

父親が主宰する「朝倉彫塑塾」で彫刻を学び、その才能を花開かせました。

朝倉文夫も、1916年(大正5年)の第10回文展において34歳の若さで、当時の最年少審査員に抜擢されましたが、響子も、1952年(昭和27年)に、26歳の若さで最年少かつ初の(日展の)女性審査員となりました。

その後、日展を脱退し、自由な立場から、洗練された都会的な女性像を、数多く生み出し続けました。

晩年まで活躍し、2016年(平成28年)に、90歳で亡くなっています。

その作品に共通する特徴は、小顔で、すらりと手足の長い、スタイリッシュな女性の姿。
昭和から平成にかけて活動した人ですが、その作品で表現されている女性像は、まさに「現代的」です。

着衣の作品が多いというのも、パブリックな場所には、とても馴染みが良いと思います。
朝倉響子作品は、日本各地の屋外の公共スペースで、今も数多く見つけることができます。

■ホール南側出入り口付近に設置

■道路側から見た作品背面

新たに建設された市民ホールの前に設置されることになった「希」ですが、長い髪を両手ですく、優美な女性のしぐさがとらえれた作品となっています。

朝倉響子の作品は、どの角度から見ても、ポーズに隙が無く、それぞれが魅力的なバランスになっている、と言われています。

屋外に展示されている作品なので、いつでも、好きなだけ、あらゆる角度から鑑賞することができます。

■左側から近付くと見下ろす形に

■細い首の角度が絶妙

2 市民ホールTETOO(テット)

「希」は、そもそもは、1978年(昭和53年)に開館した、釜石市民文化会館前の広場に、設置されていたものでした。

2011年(平成23年)の東日本大震災により、この市民文化会館も被災しました。

その後「希」は、一旦、市内で保管されていましたが、2017年(平成29年)に、新たな市民ホール(愛称:TETTO(テット))が開館した際に、再び設置されることになりました。

「希」という作品名も、復興に向けて、とても相応しいものだったと思います。

建物の構造上、作品の上部、高い位置には、屋根がかかっています。
風雨や、雪による作品へのダメージを考えれば、屋根があるに越したことはないと思います。

また、市民ホールを含む一帯は、大規模商業施設に向かって、人々が歩いて移動していくことなどを想定した、現代的な都市空間として再整備されています。

まさに朝倉響子作品にとって、ふさわしい設置場所が出来たと思います。
この作品が、さりげなく、そして末永く、まち歩きを楽しむ人々に、愛されていくようだと良いなと思います。

■新しい市民ホール

■施設北側から臨む

■施設の愛称はTETTO(テット)

■併設されている情報交流センター(釜石PIT)

■左手奥が「希」の設置場所

■開放感のあるパブリック・スペース